保育士の転職体験談【転職を決意した決め手】認定こども園・小規模保育園・その他の施設に転職した人(16人)一覧

保育士の転職体験談【転職を決意した決め手】認定こども園・小規模保育園・その他の施設に転職した人(16人)一覧

認定こども園への転職

【転職の決め手】
・日々の保育は時間に追われるばかりで、日ごろからやりがいが感じにくかった。
加えて通勤やシフトの複雑さで、ストレスが溜まりやすかった。
・次年度について園長との面談時に、園長は子どもより、親(保護者)都合を優先する保育観であると断言されたことが、退職の決意を固めた瞬間だった。
・大学の同期には、転職するにはまだ早いと言われることもあったが、貴重な時間を無駄にするよりは、自分のスキルアップにつながる新しい職場を求めるのが賢明と考えた。
自分のほかにも、退職者が数名出るような状況だったので、同僚からは転職を前向きに捉え、同意してくれる雰囲気があった。
・自分自身の親は、私の体調を心配していたので転職について特に意見することはなかった。
【女性】
24歳のときに、認定こども園から、認定こども園に転職。

【転職の決め手】
公務員試験に合格するために、塾に通い始めたからです。
前の職場に不満はなかったのですが、やはり正職員になりたい気持ちがありました。
「正職員になりたいね」と話していた同期と塾に通うことを考え一緒に入りました。
高いお金をかけて教材を揃えて、「もう後戻りできない」と思いました。
塾も電車で1時間ほどかかる場所に毎月通いました。
働きながらの勉強だったので時間も限られて大変でしたが、仕事後にファミレスに行って同期と励まし合いながら必死に勉強しました。
勉強し始めた頃はあまりの難しさに衝撃を受け、「受かったらラッキーだな」くらいにしか思っていませんでしたが、次第に「絶対に合格したい!」と思うようになりました。
必死に勉強していることを家族や職場の方も応援してくれていました。
【女性】
24歳のときに、認定こども園から、認定こども園に転職。

【転職の決め手】
担任していたクラスの子どもに支援が必要な子がいて、お友だちに怪我をさせてしまうことも少なくありませんでした。
もちろん私なりに配慮はしていましたし、クラスの他の子ども達も対象児を理解しようとする優しい姿が沢山ありました。
そんな時に、クレーマー気質のある保護者のお子さんを対象児が引っ掻いてしまい、傷をつけてお家にお返ししてしまいました。
すぐに謝罪をしましたが、私のところに直接会いにいらっしゃり、あの子、どうなってるんですか?こういう事、多過ぎません?これがもし女の子だったらどうするんですか。
大事な顔に傷をつけて。
訴訟ですよ。
とお叱りを受けました。
正直、カチンと来ました。
私にとって、その子も大事なクラスの一員です。
クレーマーの保護者の子も、嫌な気持ちになることをしてしまったから起こったことです。
そんな風に強く言える立場じゃないと腑に落ちませんでした。
周りの先生もフォローして下さり、それ以上騒ぎが大きくなることはありませんでした。
【女性】
26歳のときに、認定こども園から、認定こども園に転職。

【転職の決め手】
前の職場の園長が、産前産後休業を取るときに直近の賞与(ボーナス)を例年の半分まで減額されて、それについて質問をしたら「1年間担任を持ってくれると期待していたのに、それが外れたよ」とか、「妊娠を他の先生に報告してから、他の先生に負担が行ってしまったので、それに対してもプラスで払ってるんだよ」と言われて完全にパワハラだと感じました。
それについて質問しても、曖昧な答えしか返ってこないく「これは園の方針だから・・・」と言って、産休や育休に対してネガティブな受け止め方をしているんだな、と感じました。
その後は所轄の労働監督局に相談をしに行って、解決を図りましたが、「今後もその幼稚園で仕事を続けたいなら、折り合いをつけるべき」とか「考え方が古い幼稚園ですね」と言われて終わった。
実際に賞与について裁判をするなら、高額なお金を払って弁護士にお願いするしかないようでした。
そんな不満も積もって転職しました。
【女性】
26歳のときに、認定こども園から、認定こども園に転職。

小規模保育園への転職

【転職の決め手】
行事が事あるごとに、1週間前程から絶対残業。
自分の仕事は終わっていても周りが終わっていないのでそれを手伝わなくてはならず、残業代も少しなので体力がどんどん奪われていきました。
行事もそうですが、普段から帰るに帰れない暗黙の了解があり定時に上がったことはほとんど無かった。
また、初めての園だよりを書いたときに、やり方もろくに教えてもらえず、パソコンのフォルダのあれこれや書き方配置も全て自分でやったのにも関わらず、「これは文としては言ってはいけない」だとか、そんなのもわからないの?と言う態度を取られて、本当に不快でした。
挙句の果てには何度も何度もやり直し。
悔しくて泣いていました。
周りは、そんなところ辞めなよと後押ししてくれました。
【女性】
23歳のときに、認定こども園から、小規模保育園に転職。

【転職の決め手】
決めての理由は2つあります。
1つ目は、保育士から別の仕事に転職した友達に”最初は不安だけど、やってみると意外と大丈夫だし、どうにかなるよ!”と言ってもらったことです。
2つ目は、当時同じクラス担任をしていた先生が先に退職することになり、相談させて頂いたときに”私は色んな園を見て、自分に合った保育がわかったよ!先生は今の園が1つ目でしょ?色んな園を見て、色んな保育を知って自分に合ったところを見つけられたらいいんじゃない?”と言って頂きました。
2人とも転職経験があったからこそ、安心して辞めることを決められました。
私の園は人間関係は良いからか、転職経験が少ない先生が多かったのですが、
当時同じクラス担任をしていた先生は転職経験がある先生が多かったので、前向きに捉えて応援してくださいました!
園長と主任の先生に辞めたいことをお伝えした時は、
”社会人1年目から成長を見てきたから、もっと先生の成長を見ていたかった。
でも、先生は自分の決めたことは曲げない人って知ってるから、先生が決めたなら応援するね。
”と、
前向きに捉えてくださったことも、嬉しく思い、本当に職場の人間関係には恵まれていたなと幸せに思いました。
また、私の園は退職近くになると、園長の風当たりが強くなるというジンクスがあるのですが、
私の時はなかったのが幸いでした(笑)
【女性】
24歳のときに、認可保育園から、小規模保育園に転職。

【転職の決め手】
子どもが怪我をしたり、子どもの服やタオルなどの返し忘れ、何かミスがあった時に犯人探しをする園でした。
その中で、自分のミスをなすりつける後輩が居ました。
子どものタオルを後輩が紛失した時に、証人が居ないのを良いことに私にミスをなすりつけました。
園長や、主任には説明してわかってもらえましたが、周りの人にはわかってもらえず。
逆に私が嘘をついているかのように仕立て上げられました。
責任のある仕事は回されなくなりました。
今まではどんなに辛くても他の職員と頑張っていましたが、誰も信用できなくなりました。
この人たちと働いていたくないという思いになり、一年目に担当していた子たちが卒園する年だったので一緒に去ることにしました。
【女性】
25歳のときに、認定こども園から、小規模保育園に転職。

【転職の決め手】
カヤの外に投げられるように、延長番と言って12時からの勤務になって、保育士として担任業務が出来なくなったことがきっかけです。
まだ、担任してる頃は誰にも相談できない、仲間もいない状況下で働いていたのですが、延長番になってから50歳のおばさんと一緒に組むことになり、その方もここの保育園のやり方や、いじめを先生に対しての疑問などがあったみたいで、初めて延長番になって仲間と呼べる人が出来ました。
そこから、一緒に休憩をとったりしているうちに毎日のように愚痴が出るようになって、自分の中でも吹っ切れたなにかが芽生え始めました。
その虐める先生の手のひらから外れたということもあったからなのか、考えも変わってきて、少しずつ自分らしさを取り戻してきました。
お互い辞めたい気持ちもあったため、その思いを言葉で発することによって、辞めようと本気で決意することが出来ました。
【女性】
25歳のときに、認可保育園から、小規模保育園に転職。

【転職の決め手】
やはり、一番の決め手は園長との方針の違いを感じる場面が増えて行ったことだと思います。
また、同僚の保育士とも分かり合えない事も多くありました。
自分の保育概念が、経験と共にかたまっていったせいか、自分自身も譲れないことも多く、喧嘩になってしまう事もあったりと、この場所では自分は自分の保育が出来ないのではないか?
保育が嫌いになってしまうのではないか?等と考え、自分に余裕がなくなってきてしまった事が一番のきっかけだと思います。
周りの先生は私の退職を聞いて、やっぱりね!という反応でした。
頑張ってね!と言ってくれる人もいました。
全体発表ぎりぎりまで職場の人には言わずにいましたが、みなさんだいたい私が退職を決めていると気付いていたという人も多かったです。
【女性】
28歳のときに、企業内保育所から、小規模保育園に転職。

【転職の決め手】
積み重ねなのでこういうことが起きたから辞めたのではなく、複合的な理由で辞めました。
まず園長はあからさまにお気に入り保育士への優遇することです。
問題が起きた時にはお気に入り以外の全員が悪く、どうしてもお気に入りへの注意が避けられない時にも「次気を付けてね」とても優しい口頭注意で済ませていました。
お気に入りたちはそれによりかなり調子づいてやりたい放題でした。
元々低い給与が上がらなくなったこと、お稽古優先で日常の保育ができていなかったことなどありましたが、一番印象的だったのは「子どもを泣かせないこと!」と言われたことだったのかもしれません。
そもそも、子どもは泣くものです。
泣かせたくて泣かせているのではありません。
恫喝をする虐待をする、という行為は許されませんが、日常の保育の中では叱るというプロセスが必要なこともあります。
優しく「これはしないでね」と言って聞く子どもばかりなはずがないのです。
共同生活とは学ぶ場でもあり、泣き笑い成長する場です。
これが一番許せなかったかもしれません。
【女性】
28歳のときに、認可保育園から、小規模保育園に転職。

その他の施設への転職

【転職の決め手】
いうことを聴かないこどもを職員室に閉じ込めて、私もそれをするように強制させられたこと。
しんどくて精神的に少し疲れていました。
午睡せず別途から降りようとする子の脚をきつくはないが叩いて怖がらせ注意している姿を見た時、私だけ逃げていいのか?と迷い、最終の決意は園長にやめようと思う理由を相談した時、スタッフ内の悪口が横行していること・分園の保育の質がさがっていること子どもへの暴力まがいのことがあることをいっても園長の反応が仕方ないという感じで子どもたちのことはあまり考えていないような態度がショックでやめる決意が固まりました。
周りは、感づいている人もいるかもしれないのですが、詳しくは私の退職理由は知らないかもしれません。
【女性】
24歳のときに、無認可保育園から、無認可保育園に転職。

【転職の決め手】
自分のステップアップの為にやめようと思ったが施設長から引き止められ、あと1年継続して仕事を続けようと思ったがずっとうつのような状態で、日に日に朝起きることがつらく遅刻しそうになってきたり毎日のように気持ちが沈み泣いて過呼吸になりそうなときもあったり生きていることがつらいと思い自分なんか消えてしまえばいいと思ったり不安定な毎日が3ヶ月ぐらい続いた。
施設長との来年度の面談の時に思い切ってつらいと思っていることや自身の精神的な状態があまり良くなく遅刻をするようになったり勤務中もぼーっとして子どもを見る力がないことを話した。
施設長は休職することを勧めてくれたが、休職しても復帰できるのかわからず現場の人からしたら休職した人がいつ復帰するのか分からない状況はすごくしんどいと思い無責任なことはできないと思って辞めることを話すと納得してくれ辞めることができた。
【女性】
25歳のときに、児童福祉施設から、放課後等デイサービスに転職。

【転職の決め手】
辞めることを決意した年は初めてリーダー職に就いたときでしたが、ADHDの要素を持った子が他の子に怪我をさせてしまうのでいろいろなユニットにたらい回しになっている状態でした。
私の担当する幼児ユニットにも滞在しており、付きっ切りで対応しなくてはならないレベルの子なのに、現場職員が1人しかいないという日もありました。
そして上司によって私の認識外のところで幼児ユニットのルールが変わったり、ユニットの子どもが入れ替わったりしていて、自分がリーダーを任せられている意味ってあるのだろうかという疑問が日々大きくなっていったのがきっかけです。
元々、体力的にも精神的にもきつい職場なのはわかっていましたが、このことをきっかけにポッキリと心が折れてしまい、転職活動を始めました。
家族、同僚、上司、施設長みんなに話をしましたが、全ての人に同意をしてもらえ円満に退職となりました。
【女性】
27歳のときに、児童福祉施設から、放課後等デイサービスに転職。

【転職の決め手】
新卒時代は、すぐに長期的に休む同期がいて、その人のせいでずっと休みがとれなかったり、残業をしたりしていたが、私にもみんなにもその同期のクラスのサポートしたことに感謝が全くなくて腹を立てていた。
早く辞めたらいいのにと思っていたが、中々辞めなかったので、ストレスは溜まっていった。
その同期が2年後に辞めてから、その2ヶ月後に
病気になり、長期的に休みはとらなかったものの足が動かなくなったので、このままだとストレスで身体を壊すと思ったことと、同期のように自分のクラスに迷惑をかかると思い転職を考えた。
その後は毎日「後何日」とカウントダウンをしていた。
また、飲まないとやってられなかったので、終業後には飲み歩いていた(コロナ前でよかった)。
【女性】
25歳のときに、認可保育園から、ベビーシッターに転職。

【転職の決め手】
勤務3年目に入り、あまりお給料が上がっていかないことを実感したときに保育士という仕事も大分わかってきたのとその頃から他園・他社の求人なども見るようになったから。
求人要項をみるとお給料が3年目の額よりもスタート時から高い場所が結構な数見られたので転職するのもいいのかなと思ったから。
そこから、頭は転職のことを考える様になり仕事内容的にはそこまで大きな不満はなかったがこの先この園にずっと居続けても保育士としてのスキルアップができるのかも不安があったのと運営会社のテンションと現場のテンションに差があるのを日に日に感じていて気持ち的にこの会社に勤め続けていきたいと感じられなくなったから。
将来自分は、どんな保育士になりたいかと考えたときに認可保育所だけではなく様々な形態の保育所を経験してみたいという気持ちも湧き上がってきました。
なので転職活動中も認可保育所も見ましたがそれよりも企業内保育所施設や病児保育やレストランと一緒になった新しい保育所なども見てそちらのほうが気持ち的にワクワクしたのを覚えています。
上記のような気持ちを周りの人に話すとそこまでの気持ちになっているのなら転職すべきなんじゃないかと言われました。
嫌なことがあってやめてやる!というよりかは、そこの園では、今以上のやりがいは見つけられなくなってきたので見切りをつけようというような気持ちでした。
【女性】
27歳のときに、認可保育園から、企業内保育所に転職。

【転職の決め手】
資格がモンテッソーリだったため現在の職場とはフィロソフィーが大きく違っていたため転職しようと思いました。
もちろん報酬もモンテッソーリ園のほうがよかったですし、何よりも自分の子供も一緒に行けたからです。
ですが長年働いてきた職場の人たちも家族のような存在であったため、何週間かは、相談するかしないかかんがえました。
考えた結果、両園のマネージャーと自分がどうしたいのかまた、両園の仕事内容をもう一度改めて明確にしてから決断をしようと思いました。
やはりマネージャーやダイレクターと話をすると自分だけでは考えられなかったこと、知らなかったこと、園がわの考えなどがよく見えてきました。
その後はすんなりと決断することができ、結局同じ職場で継続して働くことをえらびました。
【女性】
26歳のときに、プリスクール(海外)から、プリスクール(海外)に転職。